2002 超光速映写機

Doordoorn

監督:潮田 知彦
出演:網盛 健 / 坂本 泰彦 / 濱谷 剛史
時間:5分
ポスター

 たとえば、ふと気がつくと一人ぼっちで部屋にいて、そんでもってそこにはスイッチが1つポツンとあるとする。まぁ、とりあえず押すでしょう。多分。いや、きっと。もしかしたら、そのスイッチが地球破壊爆弾の発射スイッチで、スイッチを押したら地球がブッ壊れてしまう!!なんて考えるわけない。いちいち先に何が起こるなんか考えていたら、めんどくさくてやってらんない。しかし、それでもそれが地球破壊爆弾のスイッチでないという確固たる確証があるわけではなくて…と書いたもののそんなことはたいして当作品とは関係のないことであって、ボーッと見てもらって、最後にちょっとオオッと思ってもらって、見終わってフゥと一息ついてもらえれば、僕は嬉しい。

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レモン

監督:田中 奈々
出演:横山 純 / 都 沙耶加
時間:5分
ポスター

 この作品は、ある有名な詩をもとにしたものです。みなさんの中にも知っている人は多いでしょう。

 私がこの詩に初めて出会ったのは高一の時、国語の教科書の中ででした。その時、レモンの鮮やかな色と清涼な香りをはっきりと感じたことは今でも記憶に焼きついています。

 実はこの詩の背景には、二人の非常に複雑で長い物語があるのですが、この作品では、そのことを頭のすみに置きつつも、そんな事情は全く知らずに初めてこの詩に触れ感動した頃の印象のままを映像にしました。

 映画を撮るのは今回が初めてで、まだ全然力不足の私がこの名作を題材とするのは、今思えば無謀な挑戦だったかもしれません。また実際に思い通りにならない、表現しきれない部分も多々ありましたが、私の中でこの詩がどんなかたちを持っているのか少しでも伝わればと思います。

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Sparkling Red

監督:坂本 泰彦
出演:潮田 知彦 / 佐藤 慎哉
時間:6分
ポスター

 うたた寝をしているとき、鮮烈な夢を見ることがあります。しかしそれは強烈なイメージであるにもかかわらず、起きてしまうとすぐに忘れてしまいます。夢とはそのようにはかないものです。けれど、あるとき突然昔見た夢のあるイメージが頭の中でふっときらめくことがあります。それはだいたいシンプルで、強烈なものです。

 人の記憶というのは曖昧なものです。でもその記憶のゆらめきがとつぜんある一つの明確な形になったとき、体が一瞬びくっと震えるような感覚に襲われます。それは果てしなく続く海をさまよい泳いでて突然一頭の鯨に出会うような、そんな感覚です。そしてそれが人の人生の揺らぎと重なったとき、曖昧さと明確さが交じり合ったゆらめきの時間、私はそれをこの短い映画としてテープに焼き付けてみようと思いました。

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barry

監督:野一色 紗代
出演:橋本 陽(barry) / 須田 万里江 / 野一色 紗代
時間:5分
ポスター

 南国はバリ生まれの恋する中年、バリー君は、ポムポム村のタイガーさん(63歳)に畑でひっこ抜かれてから、はやウン十年。タイガー夫妻に大事に大事に育てられて、幸せな幼年期を過ごすものの、タイガー夫妻の死去後は、タイガー夫妻の息子である小タイガーとその若嫁にいびられて、やむなく家を出ることとあいなりました。新聞配達、炭坑などで過酷なアルバイトをしつつ生活するバリー君。かわいそうなので、ある日バリー君は漁港で魚を運ぶ仕事をしていました。自分より大きな魚たちを運ぶのは大変です。なかなか仕事ははかどりません。魚河岸のおじさんや、魚たちからも「しっかりやれや」とヤジがとびます。それでもバリー君は頑張ります。そう、彼はしっかり者のがんばり屋さんなのです。ところがががっ!彼はふと足を踏み外して、タムタム湾に落ちてしまいました。さあ大変。つなぎも大変。太平洋を漂うこと4年6ヶ月、もうそろそろ食料も無くなり、体がしわしわしてきました。とそこに、飛び魚が速度違反でつっこんできて、ビリー君は気がついたら飛び魚の背中に乗って空を飛んでいました。きれいな景色に見とれつつ飛んでいると、飛び魚は貨物船の上に着地しました。パタパタしている飛び魚を見捨てて、ビリー君は貨物船の船中に入ってみました。いろんな人がいろんな仕事をしています。船内を歩き回っているうちに、とうとう怖そうなおじさんに見つかってしまいました。あーだこーだ言ったら、おじさんは同情してくれて船で働かせてくれることになりました。ビリー君は、朝から晩までヤシの実で甲板をみがきました。そんな生活を10年くらいすると、貨物船は目的地であるジャパンにつきました。なんか壮大な、血肉沸き踊るような感じのことがおこって各地を転々としたバリー君でしたが、現在は、心優しい彼女とともに、平穏な日々を送っているバリー君です。

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袋男

監督:吉田 亮平
出演:吉田 亮平
時間:5分
ポスター

圧倒的にカッコイイ存在に出会ってしまったとき、それを模倣したくなることってありますよね?いわゆる”ごっこ遊び”ってやつです。幼いころ、ドラゴンボールごっこや筋肉マンごっこなど、ヒーローになりきることは至福のひとときでありました。その延長線上にあるのがこの作品です。塚本晋也が世に放った傑作「鉄男」に出会ってしまった私は「塚本晋也っぽいセリフを言いたい」「田口トモロヲになりきりたい」という模倣衝動にかられてしまったというわけなのです。Sプロだからこそできたこの作品、皆さんがショートフィルムの可能性をなにがしか感じ取り、「オレも映画つくろうかな」なんて思っていただければ幸いです。

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ハーモニクス

監督:西野 雄士
出演:河波 祐介 / 小山 知佐
時間:6分
ポスター

この作品は、新風館のヴィレッジバンガードで、おーなり由子の「てのひら童話」という短編漫画絵本を立ち読みした折、その中の「手紙」という話に触発されて生まれました。その「手紙」という話は孤独なチェリストが主人公ですが、この「ハーモニクス」はジゴロなヴァイオリ二ストが主人公です。屋上から見下ろす夜景の灯かりのどれかひとつに、こんな会話をしながら夜を楽しんでいるカップルがいるんじゃないかなあ、と思いながら脚本を書きました。ショートという枠組みの中で映画を撮ったのは初めてですが、今後も「大人のてのひらシネマ」を何本か作りたいと思っています。

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監督Mと女優m

監督:菅原 祥
出演:水口 寿美 / 宮本 浩明 / 坂本 泰彦 / 白川 貴美
時間:13分
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 映画とは所詮作り物でしかないし、映画監督なんてただのほら吹き以外の何者でもない。

 でも、だからといって彼の映画の価値はこれっぽっちも減じることはないし、むしろ彼の嘘こそが映画の価値の全てだともいえる。そんなことを考えながら僕はこの映画を撮ったが、ただこの映画の中でひとつだけ、うまく表現できたか心配なことがある。それは、そういう映画を撮っている僕自身のことである。こんな映画を撮っている僕自身もまた、どうしようもない大嘘つきなのだけれど、みんなは果してそのことに気づいてくれただろうか?

 世界に対する無限大の留保をこめて、この映画を、わが愛するシネ研に捧ぐ。

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わたしがうまれた日

監督:都 沙耶加
出演:小山 知佐 / 山形 拓史
時間:18分
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 自分が生まれる前に死んだ兄と同じ名前をつけられた女の子、あきら。母のお腹にいる時から「私」は存せず、そこにいたのは兄。そう考えているあきらは幼なじみのまさるに悲しみと苛立ちを打ち明けます。母親を愛せず、でも愛されたかった子供は二十歳になりました。毎年憂鬱だった誕生日も、今年は何かが変わると良いのですが…。

 高野悦子さんの『二十歳の原点』の中に、「人間は他者を通じてしか自分を知ることができない。悲劇ではないか。」という言葉を見つけました。最初はそれがテーマだったのですが思うようにはいかず、脱線しています…。

 ところでダイエットを志す方には映画を撮ることをお勧めします。要注意なのは編集中。リバウンドの危険が潜んでいます。詳細は私まで。

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夜泳ぐ

監督:宮本 浩明
出演:須田 万里江 / 山下 健太郎 / 岸 雅之 / 吉村 彰人 / 菅原 祥 / 小野 敦子
時間:26分
ポスター

 ある日、少し遠くに住む友人が僕の部屋を訪ねてきました。お互いそれほど親しくもなく、これといって共通の話題もない僕たちは、あたりさわりのない会話で時間をつぶしました。なんとなく会話も途切れがちになったころ、僕はふと思いついて、そのとき書いていた脚本を彼に読ませることにしました。やがて読み終えると彼は一言「かゆいね」そう言ったのでした。その日は雨でした。

 あれから4ヶ月、そのときの脚本はこうしてひとつの映像として出来上がりましたが、彼の言った「かゆさ」はいつの間にかどこかへいってしまったようです。「かゆいね」と言った彼は、この作品を観て今度はなんと言うのでしょう。そればかりが気がかりな今日この頃。窓の外は、なにやら雨の降りそうな空模様です。

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はるかな国の花や小鳥

監督:中島 遼
出演:川野上 梨恵 / 野一色 紗代 他
時間:56分
ポスター

単純な物語。およそ現実的でなく、かといって幻想的でもなく、予定調和的で、ありふれた物語。思い出をめぐるこの映画は、そのような物語を目指して作られた。適当に漫画から筋書きやら設定やら名場面やらをパクってきて、中学生レベルの「哲学」で味付けした面白みの無い物語。パスティーシュとしての物語映画。要するに、いわゆる「くだらない」ストーリーを持った映画をあえて撮ってみることで、何らかの新しい発見があるのではないかと思い、私はカメラを手にとったのだが、結局面白いものはあまり見つからなくてがっかりである。そればかりか、自分の技術力の無さとか、無気力さ具合とか、あまりいらないものばかりが(再)発見された気がする。もしかして私は映画が嫌いなんではなかろうかと、ふと思った。

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えべす先生

監督:井高 泰宣
出演:高田 雅史 / 松浦 大介
時間:20分
ポスター

えべす先生が独学で催眠術をマスターし2年の月日が流れたある晩、えべす研究室を一人の青年が訪れた。

隣の町からはるばるやってきた彼は、自分が多重人格だと告白する。

行く先々の病院で、医者に「なんともない」と言われ続けてきた彼は、最後の砦としてえべす先生を頼ってきたのだった。

そして、えべす先生と青年との二人三脚の治療が始まる。

彼はいったい何者なのか?努めて冷静に観察しながら、えべす先生はひとつの仮説をたてるのだが…。

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孤児の家族

監督:張 鼎盛
製作:藤井 祐介
脚本:北野 隆
出演:小島 欣幸 / 田端 里沙 / 嘉納 みなこ 他
時間:66分
8mm
ポスター

全てを失った感に襲われ、幼少時に家族と過ごした一軒家を訪れる女。そこで出会ったのは予め何もかも失っていた男だった。自分を失いかけていた女と自分しかない男の'長い休暇'とは程遠い珍妙な共同生活が始まる。やがて全てを捨ててきた女も加わることとなり…。ある/ない、いる/いないの'スラッシュ'の部分を巡って作られる数多の物語は特に家族や国家といった装置をその舞台として導出しやすく、大概は充溢とまとまりの大切さを喧伝し垂れ流して終わるものだが、まとまってアンサンブルを築こうとするほど取り込まれないようにと懸命にもがく遠心力も同時に生まれるもので、この映画の主題はもとより製作もまたそうした力に引っ張られた結果、なんだか奇形的な一本に仕上がった印象は拭えないが失敗は怖れていない。むしろいろんなことに関して無責任に思うのは、君達そんなにまとまりたい?ということ。まとまりたいと強く願う人間の排他性は目に余るものだ。(北野 隆)

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自殺狂の詩

監督:橋本 陽
出演:橋本 陽 / 吉村 彰人 / 濱谷 剛史 / 平中 幹子 / 酒井 浩 / 宮本 浩明 / 小山 知佐 / 水口 寿美
時間:26分
ポスター

 『自殺狂の詩』には3パターンの自殺方法が収められています。首吊り、リストカット、焼身自殺といった、いずれもオーソドックスなものばかりです。どれで自殺を仕様かと迷っている皆さん、参考にしてください。いや、私はもっとこった趣向で神に対話、と考えている目の肥えた玄人の方々も基本を忘れてはいけません。洋の東西を問わずハイレベルを維持するのは磐石の礎あってのことなのです。いやいや、僕は幸せです、自殺なんかしませんよ、との思いをを胸中に持つ素人連中の方々、覚えておきなさい。あなたには必ず不幸がやってくるのです。将来に向けての傾向と対策を怠って土壇場を迎えてもそれは、後の祭というものです。

 この映画は上に記したものに毛が生えた程度の内容です。それでも、皆さんの中に何かを創ることができれば幸いです。

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監督:菅原 祥
出演:吉田 亮平 / 川野上 梨恵 / 片山 知行 / 山下 健太郎 / 小野 敦子 / 濱田 俊輔
時間:38分
ポスター

僕が映画を撮っていていつも成し遂げたいと思っていること、それは、自分の映画の中で、ほんのちょっとでいいから、何かしら「リアル」なものを表現したい、ということです。ところが、僕の映画を見る人には、僕の映画がまさか「リアル」なものを目指しているとはとても思えないらしいのです。というより、そもそも僕にとって映画の中で表現されるべき「リアル」、それは例えば、日常的なものだったり、現実に忠実なものだったり、そういう「リアル」ではないのです。僕にとっての「リアル」は、要約すれば「世界は謎めいている」ということです。この映画でも、僕はただそれのみを表現したいというだけで、多くの時間を費やしました。でも、それは決してそう無駄なことというわけでもありますまい。なぜなら、全てのすばらしい映画とは、何かしらこの世の神秘を垣間見せてくれるような映画だと、僕は強く信じるからです。

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三経義疏

監督:水口 寿美
出演:中島 遼 / 曽我 麻美子 他
時間:22分
ポスター

今までの人生19年間のうち6年間、白檀の香に包まれながら過ごしました。

毎朝何故か石の鳥居を抜けて、慈母観音像に頭をたれて、聖歌を二部合唱し、般若心経を唱えて冥想します。週に一度はお坊さんがやってきてありがたいお話をしてくれます。みなの貴重な睡眠時間でした。制服のあらゆるボタンには転法輪が回っていました。輪廻は転生するそうです。歩いてゆくには目的地が必要なのです。ただ歩いてゆくならば、誰かが傍に居ないと耐えられない。そして誰かがいるほどかなしくなる。歩けば歩くほど悲しみは増すのでしょうか。人妻に処女は演じられないけれど、処女に妖婦は演じられるとか。道はどのように続くのか、どこに続くのか、いつまで続くのか、ロードムービー。

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幻ポリス

監督:岸 雅之
出演:岸 雅之 / 高田 麻美 / 山下 健太郎 他
時間:30分
ポスター

僕らは今回の撮影中に警官6人くらいから立派に職務質問され、人間的にすごく豊かになった気になっているわけなのですが、手際の悪さ、アクシデントなどで撮影が非常に遅れ、迷惑をかけたことを役者の皆さん、スタッフの皆さんにこの場を借りてお詫びしたいです。本作については失業中の警官と軍国ヤクザとの対決をドラマチックに描いた作品です。

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pseudo psycho

監督:横山 純
出演:鈴木 大輝 / 東 美香 / 平中 幹子 他
時間:30分
ポスター

 人から人へ。ものからものへ。何かが伝わっていく方法は様々ですし、様々なもの、人から伝わっていきます。そして、伝わってきたものから何らかの影響を受けます。そう、映画という虚構からも伝わり、影響を受けるのです。もちろん、僕もその一人です。だからこそ、カメラを持ちました。

 この映画を撮るきっかけは去年まで遡ります。一人の先輩が僕に言いました。「お前は誰に映画を見せたい?何を伝えたい?」と。僕は悩みました。伝えるものなんて何もない!それからというもの、伝えるものを探しました。無理でした。しかし、ある時答えが見つかりました。僕を苦しめた伝達こそが答え。そこで、伝え方も僕なりの方法でやることにしました。ホラーにしたのは、原案者の同居人の話を聞いて面白いと思ったからです。これも、僕なりの伝え方です。この映画が、先輩へのお礼です。

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Documentary of the man who had a monster

監督:中田 亮平
出演:早川 慶明 / 竹田 龍樹 / 赤堀 彰彦 他

 どこにでもいるような、さえない大学生の根本君。そして、彼の唯一のいや、唯二の友達のしけおくんとチェリオくん。混迷を極める現代社会を彼らシケメンたちが駆け抜ける。自由を求め、無心に疾走する若者たちに立ちはだかるのは、常に暴力と狂気である。あるいはジョリーンとヤクザの陰謀である。突撃するシケメンたちに今、容赦なくホスト崩れのやっちゃんが牙を剥く。「てめーらみてーなシケタやつらは全員バラモンの裁きだ!鬼門に入っちゃえ!」製作に協力してくださった皆様本当にありがとうございました。

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Six Excerpts Taken From The Coming New Movies In Progress

presented by North Acton Playing Fields
ポスター

一夜の思いつきによる、小品集。

 今回の上映会タイトルに使われている六つの漢字「超」、「光」、「速」、「映」、「写」、「機」をテーマに、六つの短い映像作品を作ってみました。作品のアイデアと絵コンテは、最終的にできたものはもちろんそこに若干の修正を加えたものとなったとはいえ、全て一晩で思いついたものです。そういう意味で、この映画は「一夜の夢」といえるかもしれません。ワンフィルムワンアイデアということもあり、アイデアを形にする、そしてアイデアが形になる喜び(長い映画を作る時は、このような喜びは薄れがちです)をつよく感じながら、楽しく作ることができました。North Acton Playing Fieldsというのは、私が小さい頃住んでいた家の目の前にあった公園の名前です。純粋な遊び心(むろんそれは思い出の中にしか存在しないのですが)を象徴している言葉だと思ってください。(NAPF中島)

各作品について
「超」Surreal:永遠についてのボルヘス的幻想。
「光」光踊:何かが光っているだけで、それだけで楽しい。
「速」Speed of Autumn:秋に独特の、美しくも不安で緊張感のある空気。
「映」Moving Eyes:誰もが見たり見られたりしている。
「写」A Short Pieces:形式的で、極めて単純な映画。
「機」Reminiscences:機械というよりからくりというような。

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